【一つ一つ共に喜ぶ】 コリントの信徒への手紙12章14節~26節

一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです。」

パウロという人物が手紙を通して語っています。

パウロは主イエス・キリストを宣べ伝え、しかも十字架にかかられ、一度死につかれ、死からよみがえられた主イエスを救い主であると宣べ伝えていたのです。

よみがえられ復活された主イエスに出会うまでは、全く思いもよらないことでありました。

パウロはもともと主イエスを信じるキリスト者とは真逆の立場、対極の立場であり、そのあり方はキリスト者に対して強硬に反対するものでした。

そのようなパウロは、自分の思いや考えから変わった、また変えられたのではありませんでした。

復活の主イエスの御声を聞き、光に照らされ、光に打たれたのでありました。

パウロは学び、学問をし、そして律法学者でもありましたが、そのことからキリスト者へと変えられたのではなく、苦難を受けられ十字架の死につかれ、そして復活された主イエスによって変えられたのでありました。

パウロにとってそのことは大変思いがけないことであり、また本人だけではなく周辺にいる人々も大いに驚き、また恐れを抱くものも多くいたのでありました。

パウロ本人は徐々に変えられていくのでありますが、そのすぐ近くにいた人々は困惑し、どうしたらよいのか判断がつかずに迷う人々もいたのでありました。

しかしパウロは、神によってこの与えられた道を進んで行くこととなったのです。

その与えられた道は主イエス・キリストを述べ伝えることであったのです。

パウロはユダヤ人であったので、ユダヤの街道で主イエスは私たちの救い主であることを語り、教え始め、そして紀元一世紀、当時の地中海周辺地域にキリストを語り伝えて行きました。

そしてその宣教旅行において、パウロは現在のギリシャ南部、アカイア州にありました古代都市コリントに教会を創設することとなったのでした。

当時のコリントは国際都市として大変栄え、繁栄していたと云われています。

人も物も多く行き交っていたのでありますが、そのためにいろいろな面でトラブルや問題もあったのでした。

コリントの町は退廃的であり、不道徳、不健全とまで云われています。

パウロはキリストを宣べ伝える宣教旅行にて、そのコリントの町に約一年半滞在して語り、教え伝えたのでありました。

それは神の御心によって人となったものとしての務めであり、パウロの生き方であったのです。

それは人間に従うよりも神に従うという生き方でありました。

そしてその神は愛と赦しを主イエス・キリストを通して実現されたのでした。

しかしコリントの町では、この世の人々に従う人々が圧倒的に多かったのでした。

そして現代のわたしたちの世界もそうであるのかもしれません。

情報量の極めて多い現代のわたしたちは、何に従っているのかもはやわからなくなっていると言うこともできるかもしれません。

パウロは救い主イエス・キリストを宣べ伝える中で、コリントの人々にこう述べています。 「わたしたちは弱いが、あなたがたは強い。あなたがたは尊敬されているが、わたしたちは侮辱されています。今の今までわたしたちは飢え、渇き、着る物がなく、虐待され、身を寄せるところもなく、苦労しています。」

パウロはコリントの町で経験したことが述べられていると言えますが、それはパウロを追放しようとする目に見える、見えないにもかかわらず強い力がそこに働いていたということです。

それはパウロの心と身体の健康に対して破壊的な力を及ぼしてもいました。

そしてパウロに対して残酷でもあったのです。

国際都市でもあるコリントは経済的にも大変繁栄してはおりましたが、その影の面としては人に対して厳しく、それは屈辱感を伴い、また人を追放することが多く、心身ともに健康に対して破壊的であり、自分自身と他者に対しても残酷になり得るという面を色濃く持っていた社会でもありました。

コリントの町は退廃的であったということは、そのような社会的な悲しみと痛みを負っていたということでもありました。

そのような中でパウロは主イエス・キリストの福音を宣べ伝えました。

この世的には繁栄したコリントの町にあった教会は、パウロが主イエス・キリストを宣べ伝える宣教によって設立されましたが、複数の教会があったと云われます。

当時、人々の家を集まる場所としたことから「家の教会」と表現することもできるでありましょう。

町に在る建物ということでは、コリントの町に自然と溶け込んでいる、違和感なく馴染んで、その場所に在る家でありました。

そのようなことから、家の大きさは現代のような大きな教会堂ではありませんでした。

複数の家の教会があって、その教会が緩やかにつながっていました。

それぞれの教会が緩やかに結びつき、連携するというような形になっていたと云われます。

人々が集まっていたのは構造的にも家であったことから、三十人から四十人くらいの人々が集まっていたのでは、と云われます。

それぞれの家の主人がリーダーとなり、コリントの町全体では六十人から百人くらいの人々が当時教会につながっていたと考えられます。

同時期のキリスト教初期の都市教会は、数十人規模が複数存在する形でした。

国際都市コリントの町の人口が約四十万人と言われ、現在の品川区の人口は四十一万八千人で、そのうち一万八千人が外国の方々ということで、コリントの町と品川区の人数ということではほぼ同じ人口規模と言えるのではないでしょうか。

コリントの教会は国際都市、その一つの町の人口に対して教会はごく少数派であったことが分かります。

すなわち大規模な組織ではなかったのです。

しかしそれだからこそ、町の様々な影響をコリントの教会の人々は受けていたと言うこともできますし、町そのものであったとも言えます。

コリントの教会は新約聖書に記されている通り、問題の多かった教会として知られています。

繁栄はしていましたが退廃的な都市文化の中で情報が行き交い、その知識による競争ということも激しく、派閥、文化による争いも発生していました。

また人々の間に社会階層の差が大きく、大きな対立が多発してもいたのです。

現代のわたしたちの社会にも通じるような問題とトラブルが存在する中で、パウロは教会の人々、教会の兄弟姉妹たちに語るのです。

 「至るところでわたしたちの主イエス・キリストの名を呼び求めているすべての人と共に、キリスト・イエスによって聖なるものとされた人々、そして、召されて聖なる者とされた人たちへ。」

パウロは人々に、教会の兄弟姉妹たちに「イエス・キリストはこの人たちとわたしたちの主であります」と手紙の始めに書き記しています。

それはパウロの実体験から、心の底から、そして霊的な事実からのことでありました。

その魂がこの世において救い主を呼び求めているのです。

わたしたちの主イエス・キリストの名を呼び求めているのです。

名を、み名を求めているということは力を求めているということです。

いつどこにおいても、わたしたちの魂は救いを求めています。

罪責感、自己否定、後悔、自分は悪いことをしたという感覚、自己破壊的な行いから、そして自己嫌悪を他者に映し出すことから、救いを求めています。

自分の内面にあることを他者にあるかのように、その苦しみ悲しみの感情からの解放を求めているのです。

深い悲しみは、わたしたちを何か大切なものから引き離しているように感じさせ、また引き離されているかのように感じさせます。

しかし主イエスによって引き寄せられ、呼び出され、招かれているのです。

わたしたちは主イエスによって救われているのです。

ユダヤ人であり、ファリサイ派であり、律法学者であったパウロは「わたしたちの主はイエス・キリストだ」と言うのです。

そしてパウロはその信仰、すなわち信頼を、神の聖なる霊、聖霊から賜り物として受けているのです。

聖なる霊が働いているのです。

聖霊が動き、働きかけているのです。

そして聖霊は主イエスを証しし、証言するのです。

救い主キリスト・イエスの体、その御姿、そのあり方を指し示すのです。

問題とトラブルの中で悩み、その苦しみと悲しみを負っている人々に、深い恵みと平安があるようにと、パウロはコリントの教会、その霊的な兄弟姉妹たちに語りかけています。

「体は一つの部分ではなく、多くの部分からなっています。 足が『わたしは手ではないから体の一部ではない』と言ったところで体の一部でなくなるでしょうか。 耳が『わたしは目ではないから体の一部ではない』と言ったところで体の一部でなくなるでしょうか。 もし体全体が目だったらどこで聞きますか。 もし全体が耳だったらどこでにおいをかぎますか。 体は一つの部分ではなく、多くの部分からなっているのです。」

自分は重要ではないという自己卑下を退け、比較することによる劣等感も否定しています。

そのようなことから起こる体の分裂を、パウロは主イエスの名により見過ごすことはできなかったのです。

他者との比較による尽きない不満、それをパウロは体の危機として見ています。

多様な部分が体にはあります。

そしてパウロはこう語ります。

「そこで神はご自分の望みのままに、体を一つ一つの部分を置かれたのです。 すべてが一つの部分になってしまったら、どこに体というものがあるでしょう。 だから多くの部分があっても、一つの体なのです。」

一つ一つの部分は違うのでありますが、どれが良くてどれがそうでないということでは決してありません。

パウロはその先にあるものを見つめています。

それは多様性の先にあるもの、神がご自分のお望みになるままに置かれたということであります。

神は望むように各部分を置いたというのです。

それは人の意志にではなく、神のご意志による配置であり、神のみ旨の現れであるのです。

神のみ旨と神のご意思は、キリスト・イエスにおいてわたしたちに現わされました。

キリスト・イエスがなされたことは神がなされたことであり、キリスト・イエスがお語りになられたことは神がお語りになられた御言葉であり、キリスト・イエスの光はわたしたちの光となったのです。

その光のもとで、多様なものが一致するのです。

「ですから目が手に向かって『お前はいらない』とは言えず、また頭が足に向かって『お前たちはいらない』とも言えません。それどころか体の中で、他よりも恰好が悪いと思われる部分を覆ってもっとかっこよくしようとし、見苦しい部分を持って見栄えよくしようとします。 見栄えの良い部分にはそうする必要はありません。 神は見劣りのする部分を一層引き立たせて体を組み立てられました。 それで体に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合っています。」

キリストの体において、ある部分が他の部分に向かって「お前はいらない」とは言えず、そのような誤った優越感による排除・排斥をパウロは否定しています。

また弱く見える、小さく見えるものも大切であるのです。

それがキリストの体であるのです。

「一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、一つの部分が尊ばれば、すべての部分がともに喜ぶのです。」

キリストの体、すなわち教会は主イエス・キリストの輝きによって照らされており、その光は全世界にまで及んでいます。

救い主イエス・キリストの愛と赦しは弱く小さな者にも、そして主イエス・キリストを信じる者たちは見失われることのない帯によって一つに結び合わされているのです。

この愛と赦しの交わりという結びつきこそは、他のすべてよりも強いのです。

なぜなら愛はいつまでも残る最も大いなるものだからです。

わたしたちがどこに住むことになろうとも、このキリストの体に結び合わされているのです。

わたしたちが今日ここに、どんなに小さなことでも一つ一つを共に喜ぶ、その絆をわたしたちの主イエス・キリストはここにお与えくださったのです。

共に喜ぶ、そのことをそのままわたしたちは受け入れます。

わたしたちは主イエス・キリストにより罪赦され、一つ一つ共に喜ぶ者とされたからです。