【父の御心】 マタイによる福音書18章10節~14節
本日の聖書箇所は、主イエスが語られた「迷い出た羊」のたとえです。一匹の羊が群れから離れた時、羊飼いは九十九匹を残してでも、その一匹を探しに行きます。それは、その羊がかけがえのない大切な存在だからです。
主イエスはこのたとえを通して、迷い出た羊が、私たちの姿そのものであることを示されました。私たちは時に、自分が本当に大切なものを失っていることに気づかないまま歩んでしまうことがあります。聖書は、神から離れ、自分中心に生きることを「罪」と呼びます。そして、そのままであれば、私たちは滅びへと向かうのです。
しかし主イエスは、そのような私たちを裁くためではなく、「失われたものを救うために」この世に来てくださいました。そして十字架によって、私たちの罪を赦し、救いの道を開いてくださいました。
その主イエスをこの世に遣わしてくださったのは父なる神です。14節には「これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない」とあります。
父なる神は、私たち一人ひとりを深く愛し、誰一人失われることを望んでおられません。私たちが自分は小さく、価値のない存在だと思ってしまう時にも、神の目に私たちはかけがえのない尊い存在です。そして神は今も、迷い出た羊を探す羊飼いのように、私たち一人ひとりを御もとへと招いておられます。
一人でも滅びることを望まれない――そこに、父なる神の深い愛と御心が示されているのです。
髙橋貞二郎牧師(東洋英和女学院院長)
