「我らは神の中に生き」 使徒言行録17章22節~34節

「我らは神の中に生き、動き、存在する」。今日、わたしたちのもとに届けられました聖書は紀元1世紀当時、古代ギリシャの都市アテネにおいて人々の間で語られていたある言葉が神について語り、詩として歌われていたことを記しています。

そのことは、わたしたちの日常生活の中においても、神は語られているということ、また、神は歌われているということをも表していると言えます。

それだけ神は、わたしたちの近くにおられるということであります。

今日の聖書、新約聖書の使徒言行録は、ルカによる福音書の続編とも言える形で、著者ルカが書き記したものであります。

使徒言行録という書名の通り、キリスト・イエスの福音を宣べ伝えていた使徒たちの言葉と行いの記録ということでありますが、これは、福音の宣教活動をなした使徒たちを記述した最も古い教会の歴史、教会史であります。

そして、この使徒言行録は、福音書に記されている通り、キリスト・イエスが十字架の死から復活され、天に上げられた後、主イエスの弟子たちに約束された聖霊が降った出来事から始めています。

聖霊は、神の偉大な業、働きを弟子たちに語らせ、弟子たちを動かして行きます。

その言葉には力があり、力が言葉となったのでありました。

その当時、主イエスの弟子たちとキリスト者たちに強く反対し危害を加えていたサウロは、復活されたキリスト・イエスに出会い、まったく変えられキリスト・イエスを宣べ伝える使徒となりました。

まったく変えられ、それは、人生が捻じ曲げられるような経験であったのでありますが、新しく生まれ変わったパウロ。

もともとのパウロの発言、行動、言っていたこと、行っていたことを知っていた人々は恐れ怪しんでもいましたが、それでも、パウロは進んで行くのです。

キリスト・イエスを、救い主イエスを宣べ伝えるという旅に出ることとなったのでありました。

パウロの宣教旅行には、第一、第二、第三、そしてローマへの旅がありますが、今日の聖書、使徒言行録17章は、その第二宣教旅行の途上でのことが記されています。

使徒となったパウロは、同じ働きをしていたシラスと共に、マケドニアのテサロニケという町に着き、この町にあったユダヤ人の会堂にいつものように入りました。

ユダヤの安息日に、聖書を引用して人々とパウロは論じ合い、来ることとなっていた救い主は、必ず苦しみを受け、死者の中から復活することになっていたこと、そして、その救い主はイエスであることをパウロは説明し、論証したのでありました。

そしてこの時も、現在と同じように、キリスト・イエスをある者は信じて、そうでない者もいたのでありますが、信じて従う者たちが起こされたことに、ユダヤの人々の間では妬みが生じ、騒動が起こされます。

そこで、パウロとシラスの近くにいたキリスト・イエスを信じる者たちが人々の目を逃れ、夜のうちにパウロとシラスをべレアという町に送り出します。

マケドニアの町ベレアは、テサロニケから西へ75 km ほどでありました。

パウロとシラスがべレアに到着すると、またいつものようにユダヤ人の会堂に入って、説明し、論証すると、このベレアの人々はテサロニケの人々よりも素直であって、非常に熱心に神の御言葉を受け入れ、その通りかどうか毎日、聖書を調べていました。

しかし、そのことを知ったテサロニケの人々が、このベレアまで押しかけて来て、群衆を先導し、騒動を引き起こしました。

そこでまたパウロは、パウロと一緒に行き付き添った人々に連れて行かれ、アカイアのアテネ、古代ギリシャの中心都市にたどり着きました。

パウロの語ることに反対し、人々の妬みによることでありますが、その否定的と受け止めることのできる事柄を通して、パウロは、次へ、次へ、と押し出されるようにして行くのであります。

それは主なる神が、パウロにとって然るべき時、然るべき所へと導き入れられたということでありました。

アテネの町は、政治、経済、そして学問の栄えた町であり、多くの哲学者、文学者、科学者、芸術家が出ていました。

アテネにやって来たパウロは、町のあちらこちらに人々を惑わす偶像があるのを見て憤り嘆きましたが、会堂で、また、広場で、毎日居合わせた人々と論じ合っていました。

そこで、アテネ人やアテネに滞在する外国人は、何かに耳新しいことを話したり聞いたりすることだけで時を過ごしていたので、パウロをアレオパゴス、そこには評議所と呼ばれる法廷で、演説をすることとなりました。

そして、使徒言行録17章22節「パウロは、アレオパゴスの真ん中に立って言った。『アテネの皆さん、あらゆる点においてあなたがたが信仰のあつい方であることを、わたしは認めます。』」

パウロはアテネの知識人の人々を前に、信仰について話し始めます。

それは、パウロがアテネに入って来た時に、町の至る所に偶像があるのを見たことによるのかもしれません。

大切なことは目に見えない、ということも言えますが、目に見えるものに、事の問題点が現れているということもあります。

パウロは、その点をまず取り上げようとしますが、アテネの人々はあらゆる点で信仰のあついことを認め、話し始めます。

23節「道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえ見かけ見つけたからです。それで、あなた方が知らずに拝んでいるものそれをわたしはお知らせしましょう。」

パウロは多くの知識人たちを前にして語っています。

そして町には多くのものがあふれていたのであります。

それは、目に見えるもの、目に見えないもの、を含めてであります。

そして、目に見える祭壇には「知られざる神に」刻まれていたので、多くのもので隠され、埋もれてしまっているかのような人々に向かってパウロは語りかけるのであります。

24節、25節「世界とその中の万物とを造られた神が、その方です。この神は天地の主ですから、手で造った神殿などにはお住みになりません。また、何か足りないことでもあるかのように、人の手によって仕えてもらう必要もありません。すべての人に命と息と、その他すべてのものを与えてくださるのは、この神だからです。」

パウロは、「あなたが知らずに拝んでいるもの」それは「天地を造られた神だ」と先ず述べています

人々は造り主の代わりに造られたものを拝んでこれに仕えている、その人々の姿を、パウロは語ります。

造り主こそ永遠にほめたたえるべきお方であることをパウロは示そうとするのです。

それこそが、人を救いへと、命と息へと、導いてくださるからであります。

弱いも強いもありません。

神が造り主であり、わたしたちを養われるお方であり、わたしたちを羊の群れのように導かれるお方であり、わたしたちの永遠の憩いの地であり、ここに住むことを定められているのです。

人は、手で造ったもので神をとらえようと下向きに傾きやすいのでありますが、神は神の御言葉によって上向きに引き上げられるのです。

そして神は、天と地の造り主であるので、何も必要とはしておられません。

ただ、愛しておられるのです。

そして、この愛をともし、生きていけます。

この愛は、ここまで聞こえる。

この神の愛は、かならず聞こえるはずです。

心の耳をすませば、と言うのです。

神は、あらゆることを通してお与えくださるのであります。

パウロは続けます。26節から28節「神は、一人の人からすべての民族を造り出して、地上の至るところに住まわせ、季節を決め、彼らの居住地の境界(さかい)をお決めになりました。これは、人に神を求めさせるためであり、また、彼らが探し求めさえすれば、神を見い出すことができるようにということなのです。実際、神はわたしたち一人一人から遠く離れてはおられません。皆さんのうちのある詩人たちも、『我らは神の中に生き、動き、存在する』『我らもその子孫である』と言っている通りです。」

わたしたちを造られたのは唯一の神、一つの神であり、すべて命あるものはこのお方の御手の中にあります。

そしてこのことは、この愛はどこから来て、この神の愛はどこまで行くのだろうか、ということであり、それは、探し求めさえすれば、神を見出すことが出来るということであります。神は、天にいまし、御旨のままにすべてを行われるのであります。

そして、天は、主のものであり、地はわたしたちへの賜物です。

恩恵として、場所と時が与えられています。

パウロは、アテネという場所で、この時、ある詩人の言葉を引用し、「わたしたちは神の中に生き、動き、存在する」と言いました。

神は遠くのどこかにおられるのではないということであります。

「神の中に」というのは、どこまでも、キリスト・イエスの愛と赦しの中にということであり、どこまでも、恵みによります。

神が生き、動き、存在しておられるので、わたしたちも生き、動き、存在しているのです。そして、わたしたちは神の子でことされているのであります。

主なる神を愛する者を主は愛し、その憐みは尽きることなく、その慈しみは大きく変わることがありません。

ですので、パウロは続けて語ります。29節「わたしたちは神の子孫なのですから、神である方を、人間の技や考えで造った金、銀、石などの像と同じものと考えてはなりません。」パウロは生ける神に生かされ、キリスト・イエスの愛と赦しに動かされ、聖霊により導かれ、存在している、だから、人の造ったものによらず、このすべてを造られ支えておられるお方に立ち返るように、そして、そこから命と息を与えられるように、と述べているのです。

30節、31節「さて、神はこのような無知な時代を、大目に見てくださいましたが、今はどこにいる人でも皆、悔い改めるようにと命じておられます。それは、先にお選びになった一人の方によって、この世を正しく裁く日をお決めになったからです。神はこのお方を死者の中から復活させて、すべての人にそのことの確証をお与えになったのです。」とパウロは、アテネのアレオパゴス評議所で語りました。

しかし、32節から34節で、人々の反応が記されています。「死者の復活と言うことを聞くと、あるものは嘲笑い、ある者は『それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう』と言った。それで、パウロはその場を立ち去った。しかし、彼について行って信仰に入った者も、何人かいた。その中にはアレオパゴスの議員ディオニシオ、またダマリスという婦人やその他の人々もいた。」

パウロは、神の中を生きる者とされました。

それは、悔い改めということをもってでありました。

キリスト・イエスによる罪の赦しを与えられ、恐れと不安の悲しみを拭いさられたのです。

パウロは大胆に語りました。

神の中を生きる者とされたのです。

キリスト・イエスにより救われ、支えられていることを、公に言い表したのです。

そして、キリスト・イエスの十字架の死と復活のみを語ったのです。

自分で造り上げたのではなく、天に上げられたキリスト・イエスがお与えくださった愛によって、生きること、動くこと、存在することを、キリスト・イエスの約束された通り聖霊を受け、この世において命と息を受けて、神の中を生きたのです。

それをアテネにおいては、あざ笑う者がいて、「いずれまた」と言う者もいて、まったく受け入れなかったようではあります。

しかしそれにもかかわらず、中には、信じて信仰に入る者、従って行く者がいたということは、現在もまったく変わりはありません。

神の中を生き、動き、存在する、そのことへとキリスト・イエスは、今、わたしたちを導き入れてくださっているのです。

その確かな証拠、確証を、この天と地を造られ、わたしたちを造られた創造主なる神はお与えになられたのです。

わたしたちは神の中を生きています。