「イエスの十字架」 マタイによる福音書27章32節~44節

今日わたしたちは、棕櫚の主日と呼ばれる日曜日を迎えました。

季節はうつりゆき三月も終わりに入り、桜の花も満開となりましたが、教会の暦ではイースターの前の一週間を受難週と呼び、今日がその始まりの日とされています。

わたしたちの主イエス・キリストが十字架の死から復活されたことを特別に記念するのがイースター。

もともと、主イエス・キリストの復活を祝って主の日、主の礼拝の日が日曜日とされたということからすると、毎週の日曜日が小さなイースターということができ、わたしたちは主の復活により教会に、また、礼拝に集っています。

そしてその復活の力によって、神さまの御言葉を聴き、分かち合い、週ごとに神さまの力を頂いているのです。

礼拝には、それぞれ、心にある言葉も、また言葉にならない思いをも含めて、神への願いを持ってお献げするということであります。

神さまが呼びかけておられる。

その呼びかけにお応えする、応答するということを、献げるということを通して、神さまにあらわしているのです。

もともとわたしたちの「願い」「願う」という日本語の言葉の由来は「ねぎらう」ということから来ているとも言われます。

神への願いは、神に喜んでいただく、神になごんでいただくということにあります。

神に喜んでいただくということを、神との和解、なかなおり、と言うことができます。

主イエス・キリストの復活と、主が天に上げられたその後、使徒となったパウロは、新約聖書のローマの信徒への手紙5章9節から11節という箇所でこう述べています。

「それで今や、わたしたちはキリストの血によって義とされたのですから、キリストによって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです。敵であった時でさえ、御子の死によって神と和解させていただいたのであれば、和解させていただいた今は、御子の命によって救われるのはなおさらです。それだけでなく、わたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちは神を誇りとしています。今やこのキリストを通して和解させていただいたからです。」

わたしたち人は、神と敵対し、神の怒りを受けるところであったけれども、主イエス・キリストによって和解し、神と人とはなかなおりしたと言うのです。

そしてまた、新約聖書コリントの信徒への手紙二5章19節から20節で使徒パウロはさらにこう述べています。

「つまり、神はキリストによって御自分と和解させ、人々の罪の責任を問うことなく、和解の言葉をわたしたちにゆだねられたのです。ですから、神がわたしたちを通して勧めておられるので、わたしたちはキリストの使者の務めを果たしています。キリストに代わってお願いします。神と和解させていただきなさい。」

神と人とが和解、なかなおりし、なごみ、喜ぶことを願っておられるのは、神だというのです。

まず神が願い、望んでおられ、主イエス・キリストをわたしたちにお与えになられたのだというのです。

この世にあって、神の愛とゆるしに抗い背き、神の慰めと平安を受けることができなくなっている人々に語りかけているのです。

この世で、この世の人々の不安と怒りの中で、生きにくさを感じ、生きることの難しさで息もたえだえになっている人々に、使徒パウロは言うのです。

神との和解、神とのなかなおりが先だ。

しかし、人々はこの世においてあらがい、罪の重さにとどまることを決めているかのようです。

今日、棕梠の主日は、主イエス・キリストが弟子たち一行とガリラヤ地方から旅をしてエルサレムに入場された時、人々が棕梠の枝を手にし、主イエスの通られる道に敷いたという出来事から来ています。

人々は「ホサナ、ホサナ(主よ、今、救ってくださいさい)」と言って、主イエスを大歓迎したのでありました。

シュロの枝を用いるのは、勝利者を迎え入れるしるしとも言えますが、この時、エルサレムの町に入られる主イエスは大きな馬に乗ってではなく、小さなろばにお乗りになって入場されました。

主イエスをエルサレムに迎えられる人々。

そして、子ろばに乗って入場される主イエス。

その出来事をマタイによる福音書は「預言者を通して言われていたことが実現するためであった」と記しています。

預言者の預言とは、神が語られた御言葉を口頭で、また、記述して記録したものです。

その御言葉を告げ知らせるのが預言者でありますが、ゼカリヤという預言者が旧約聖書ゼカリヤ書9章9節で神の御言葉をこう告げ知らせています。

「娘シオンよ、大いに踊れ。娘エルサレムよ、歓呼の声を上げよ。見よ、あなたの王が来る。彼は神に従い、勝利を与えられた者、高ぶることなく、ろばに乗ってくる。雌ろばの子であるろばに乗って。」

ここで「娘」というのは、そこに住む「住民」を表しています。シオンというのは、敬い親しみの思いを持ってエルサレムを呼ぶのに用いられる名称ですので、娘シオンは親しいシオンの住民、娘エルサレムは親しいエルサレムの住民ということです。

主イエスがエルサレム入場された時より約500年前の預言ですが、エルサレムの人々が、大いに踊り、歓呼の声を上げ、ろばに乗って、あなたの王が来る、勝利を与えられたものが来る、というその御言葉が実現したと、マタイによる福音書は、過去のその時、そして、現在も聖書である旧約聖書を通して証言するのです。

それはすなわち、神は昔も今も生きておられ、語っておられるということであります。

しかし、エルサレムに迎え入れられた主イエスは、当時のユダヤの宗教的指導者たち、エルサレム神殿を中心とした祭司長たちや律法学者たちに引き渡され、侮辱され、鞭打たれ、十字架に付けられることになります。

主イエスがエルサレムに入場され一週間も経たないうちに人々は皆「十字架につけろ」と叫び出すこととなったのでした。

主イエスの弟子イスカリオテのユダは、主イエスを裏切り、祭司長たちや長老たちに引き渡し、そのほかの弟子たちも、主イエスを見捨て逃げ出してしまいます。

ユダヤの最高法院を構成する者たちは、主イエスを死刑にするため、ローマから遣わされたユダヤ総督ポンテオ・ピラトから主イエスの死刑判決を引き出します。

ピラトは、主イエスに罪を見いだせず、祭りのたびごとに囚人を一人釈放することが出来たにもかかわらず、「十字架につけろ」と激しく叫び続ける群衆に押され、十字架につけるために主イエスを引き渡してしまいます。

「わたしには責任がない」というピラト。

使徒信条の「主は」「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け」という人の罪の苦しみを述べています。

兵士たちに連れて行かれる主イエス。

そして、マタイによる福音書27章32節から34節「兵士たちは出て行くと、シモンという名前のキレネ人に出会ったので、イエスの十字架を無理に担がせた。そして、ゴルゴタたという所、すなわち『されこうべの場所』に着くと、苦いものを混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはなめただけで、飲もうとされなかった。」

キレネというのは北アフリカにあったある地方の首都として繁栄していた町。

エルサレムにはそのキレネ出身の人たちを受け入れていた会堂があったと云われています。

シモンというキレネ人には、アレクサンドロとルフォスという子たちがいました。

たまたまシモンはそこにいたのでしょうか。

主イエス・キリストが十字架刑につけられて行くその場に居合わせ、兵士たちに命じられ、十字架を担ぐことになります。

偶然にそうなったとも言えますが、キレネ人シモンは、人々により傷つけられた主イエス・キリストを間近で見、弱りはてた主イエス・キリストの十字架の重さとその悲しみの道を知る者となったのでありました。

苦難の道はゴルゴタにつながっていました。

苦いものを混ぜたぶどう酒は、十字架の痛みを少しでも和らげるためのものでしたが、主イエスはそれをお受けにはなられませんでした。

そして、35節から37節、兵士である「彼らは、イエスを十字架につけると、くじを引いてその服を分け合い、そこに座って見張りをしていた。イエスの頭の上には、『これはユダヤ人の王イエスである』と書いた罪状書きを掲げた。」

兵士たちは、主イエスの服をくじを引いて分け合いました。

傷つき弱りはてた主イエスを取り囲み、さいなむ者たちが群がっています。

手足を打ちつけ、主イエスの着物を分け合い、衣を取ろうとしてくじを引き、それを分け前とします。

ユダヤの人々は、主イエスがユダヤの王となろうとしたとして十字架刑にかけることになりましたが、十字架には、「これはユダヤ人の王イエスである」と書かれていました。

それはピラトが書いたもので、多くの人々がそれを見ることとなり、ユダヤの人々は「この男はユダヤ人の王と自称した」と書いてほしいと言いますが、ピラトは「わたしが書いたものは、書いたままにしておけ」と答えた、とヨハネによる福音書にはあります。

福音書は、この世の王ではなく、真の王の中の王として、人々の罪を完全に担う主イエス・キリストを指し示し、十字架をかかげます。

神の愛とゆるしのため、十字架に主イエス・キリストはかけられます。

すると、マタイによる福音書27章38節「折から、イエスと一緒に二人の強盗が、一人は右にもう一人は左に、十字架につけられていた。」

主イエスはその時ただひとり十字架にかけられていたのではありませんでした。

罪は全く見当たらず、罪は全くないのにもかかわらず、二人の強盗が、右に一人、左に一人、十字架にかけられ、その間に主イエスは十字架につけられたのでありました。

主イエス・キリストは、人々を死と滅びから救い出すため自らをなげうち、死なれ、罪人のひとりに数えられたのです。

神の愛とゆるしが成し遂げられるため、多くの人の過ちを担い、背いた者たちのために執り成しをしたのはこの主イエス・キリストであったのです。

しかし、人々は気づきません。

39節40節「そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって、言った。『神殿を打ち倒し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。』」

主イエスがエルサレム神殿でお語りになられたことを曲解して、人々はののしります。

「神の子なら自分を救ってみろ」「十字架から降りて来い」と言うのは、「神に頼んで救ってもらうがよい」「神が愛しておられるなら助けてくれるだろう」と、人々はあざ笑うのです。

そしてさらに、41節から44節、同じように、祭司長たちも律法学者たちや長老たちと一緒に、イエスを侮辱して言った。「他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。神に頼っているが、神の御心ならば今すぐ救ってもらえ。『わたしは神の子だ』と言っていたのだから。」一緒に十字架につけられた強盗たちも、同じようにイエスをののしった。

罪と何のかかわりもない方を神は、わたしたちの罪となさいました。

わたしたちはこのお方によって救われます。

棕櫚の主日の今日、わたしたちはどこに立っているのでしょうか。

祭司長たち、律法学者たち、長老たちでしょうか。

また、そこを通りかかった人々でしょうか。

あるいはまた、二人の強盗のようでしょうか。

そしてまた、十字架刑を執行する兵士たちでしょうか。

福音書は、また、新約聖書は、主イエス・キリストの十字架を強制的に無理に担がせられたキレネ人シモンも記しています。

このシモンの子は、のちにキリスト者になっています。

主イエス・キリストのお受けになられた傷によって、わたしたちは癒されました。

あらがい背く人々の手によって捕らえられ、裁きを受けて、主イエスは命を取られました。

主イエス・キリストは、あらがい背くという病いの苦しみのうちに打ち砕かれ、自らを償いの献げものとされました。

神の望まれることは、この主イエス・キリストによって成し遂げられます。

多くの人の過ちを担い、背いた者のために執り成しをしたのは主イエス・キリストであったからです。

このお方は、神の愛とゆるしをわたしたちにお与えになるため、十字架の死より復活されます。

闇の中を歩くときも、光のないときも、主を信頼することができるのです。

そして、わたしたちの魂は、必ず命を得、いつまでも健やかな命が与えられます。

十字架にこそ、主イエス・キリストの十字架にこそ、わたしたちの誇りがあり、わたしたちの歓喜に満ちた魂、喜びに満ちた魂は、主イエスの十字架のもとにあるのです。