使徒言行録27章33節~44節 「上陸して救われる」

「このようにして、全員が無事に上陸した。」

 今日、わたしたちに与えられた聖書は、激しい風と激しい波の中から皆、無事に陸に上がることができたということを知らせ告げています。

救いの主、イエス・キリストを宣べ伝えておりましたパウロは、もともとキリスト者に反対し、迫害の手を加えていましたが、今も生きておられるキリスト・イエスと出会い、その人生は変えられます。人の目から見ると、まったく驚くべきことが、パウロに起こり同胞のユダヤ人をはじめ、周りにいた多くの人々は、困ってどうしてよいか分からなくなったのでありました。

しかし、人の思いを超える主なる神は、パウロを一つの器としてお用いになられるのであります。キリスト・イエスは、救い主であることを宣べ伝えるその器として、パウロを立てるのです。そして、主は、パウロを使徒、すなわちキリスト・イエスの福音を告げ知らせる者として、お用いになられるのです。

主は、まだキリスト者を迫害していたパウロを、光で照らし、地に倒れたパウロにこうおっしゃいました。「起き上がれ。自分の足で立て。わたしがあなたに現れたのは、あなたがわたしを見たこと、そして、これからわたしが示そうとすることについて、あなたを奉仕者、また証人にするためである。」

主は、なぜ「光」によって地に倒されたのかと言うと、自分の足で立ち上がるためであるということができるかもしれません。

その時は、あまりにも強く、激しく、急に打たれたので分からない。しかし、それはパウロという人物をパウロとして起き上がらせ、自分の足で立てるようにするためであり、あなたを起き上がらせ、あなたの足で立てるようにするために与えられた力であるのです。

パウロは、光を受け、力を受けたのであり、それは、そのことのための奉仕者となるためであり、証人、証する人になるためでありました。そして、その奉仕する者、証しする人とするのは、何のためにかと言うと、人々の目を開いて、闇から光に、サタンの支配から神に、立ち帰らせることのため。キリスト・イエスへの信仰によって罪の赦しを得て、聖なる者とされた人々とともに恵みにあずかること、そのためであります。

キリスト・イエスの福音を告げ知らせる使徒とされたパウロは、同じユダヤの人々からは、疑われ、怪しまれ、そしてついに命を狙われるまでになりました。紀元一世紀の当時のユダヤの宗教的指導者等を中心に、パウロを殺める計画が密かに進められて行く中、ユダヤの治安を守り保つ仕事についていたローマの千人隊長は、パウロをユダヤの最高法院で取り調べるように命じます。

しかし、そこでもパウロの身が危なくなったので、次に、ローマから派遣されている総督のもとにパウロは送られ、総督はユダヤ人の妻と一緒に、パウロからキリスト・イエスへの信仰の話を聞きます。しかし、パウロが、正義や節制や来るべき裁きについて話を進めると、総督は「そこまで」と話を止めてしまいます。それは、当時のユダヤ州の人々の安全安心に努める治安に携わる者たちが、正義と節制、そしてまことの裁きから外れつつあったことを表しています。総督は、パウロを度々呼び出しては、正しくない思惑でお金を得ようとしていたと云われています。

しばらくしてその総督は退任し、新しい総督フェストゥスが着任します。ユダヤの祭司長たちやおもだった人々は、このフェストゥスのもとにやって来て、パウロを今、捕らえ閉じ込めているカイサリアからエルサレムに送り返してほしいと頼みます。この人々は、パウロが移動するその途上で暗殺するという陰謀を企んでいたのでありました。

ローマの総督フェストゥスは、ユダヤ人に気に入られるようパウロに、「エルサレムに戻って裁判を受けたいかどうか」を尋ねます。するとパウロは言いました。「ローマ皇帝の法廷において裁判を受けられるよう皇帝に上訴します。」

パウロは、エルサレムに帰ることを選びませんでした。それはユダヤ人に対しても、皇帝に対しても、何も悪いことをしていないということを証拠を示して正しさをはっきりさせることと、パウロを起き上がらせ、立ち上がらせた主がパウロにお語りなっておられたことが、パウロの心にあったからでした。

それは、あのエルサレムの最高法院で大混乱の中、引き裂かれてしまうかのようなパウロを兵士たちが力づくで助け出したその日の夜、主は、パウロのそばにお立ちになられ、お語りになられました。「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない。」

パウロが、エルサレムで裁判を受けずにローマで裁きを受けたいと訴えたのは、主なる神の願いからであって、パウロの考えは、その主の御心がなるようにということでありました。

そしてそれは、世界の人々にキリスト・イエスを力強く証しするためであり、そのことを主はお望みになられたのでした。

パウロが、皇帝に上訴することが総督フェストゥスに認められた後、ユダヤのアグリッパ王が、総督のもとに敬意を表するために訪れます。そこで、総督フェストゥスは、アグリッパ王に、前任の総督が囚人として残していた者としてパウロの話をすると、アグリッパ王は、「わたしもその男の言うことを聞いてみたいと思います。」と答えます。

総督は、パウロが死罪に相当するようなことは何もしていないことが分かっていました。ですが、パウロがローマ皇帝に上訴したので、ローマに送ることを決めましたが、何も皇帝に書き送ることができないため、アグリッパ王に取り調べてもらうことにしたのです。

そこで、パウロは引き出され、アグリッパ王の前で、よろこぶかのように力強く弁明します。それは、自分はもともとユダヤ人としてキリスト者を迫害していたこと、十字架の死より復活されたキリスト・イエスに出会ったこと、そして、律法の書や預言者の書、すなわち聖書に書かれているお方は、メシア、すなわち救い主であり、すべての人の光であることを証ししました。アグリッパ王は、パウロに言いました。「あなたは短い時間でわたしを説き伏せて、キリスト者にしてしまうつもりか。」

アグリッパ王も総督フェストゥスも立ち上がり、退場してから話し合いました。「あの男は、死刑や投獄に当たるようなことは何もしていない。」「ローマ皇帝に上訴さえしていなければ、釈放してもらえただろうに。」

主の御心と導きのもと、捕らえられ、裁判を受けているパウロは、大胆に真実の言葉を語り、裁こうとしている者たちが、おろおろとしている様子が表されています。

パウロは、ローマに向けて他の囚人たちと一緒に送られた送られることになりました。

皇帝直属部隊の百人隊長ユリウスという人物に、パウロは引き渡され、船でローマに向かいます。

地中海アジア州沿岸の各地を立ち寄ることになっているアドラミティオンという港から出ている船に乗り、シドンに寄り、出発しましたが、季節は向かい風が強くなりつつあったので、キプロスという島の陰を進み、キリキア州、パンフィリア州の沖を過ぎて、リキア州のミラという港に着きます。ここで、百人隊長はエジプトからの穀物を運ぶイタリア行きの船を見つけ、乗り換えましたが、強い西風で船はなかなか進みません。幾日もの間そのような状態でようやくクニドスという港に近づきますが、強い風に阻まれ、クレタ島のサルモネ岬を回って島の陰を風を避けるように進み、「良い港」と呼ばれる所に着きました。

すでに、この時かなりの日数がかかってしまい暴風の吹く季節に入り、船で海の上を進んでいくのは大変危険なことになっていました。

そこで、パウロは人々に忠告をしました。「皆さん、わたしの見るところでは、この航海は積荷や船体ばかりでなく、わたしたち自身にも、危険と多大な損失をもたらすことになります。しかし、百人隊長は、船長や船主の方を信用し、クレタ島のフェニクスという港で冬を越したいとの大多数の意見に従って船を出します。

時に、南風が静かに吹いてきたので、人々は望み通りに事が運ぶと考え、錨を上げ、船は島の岸に沿って進んで行きます。風は止んで、多くの人たちが、もう大丈夫だと思っていたのです。

すると間もなく、「エウラキロン」と呼ばれる暴風が島の方から吹いてきて、船はそれに巻き込まれてしまい、進むことも出来ず、ただ流されるままになってしまいます。

暴風は、翌日になっても止まず、人々は船を軽くしようと積荷を海に投げ捨て、その次の日も、船具を投げ捨ててしまいました。

持っていたものを失い、何日も激しい風が吹き、太陽も星も見えず、ついに助かる望みさえも全く消えようとしていました。

元気をなくし沈み込んで人々の望みは消えようとしていましたが、全く違う人が船にはいました。確かに強い風が吹き、船は前に進まず、迷いながら走り、方向が定まらない、しかし、その同じ船に、全く違う人が、目の前に起きていることと違う中心軸を持っている人がいました。

食べる元気も失い、心も体も弱り果てていた人々に、パウロは言いました。「皆さん、わたしの言った通りにクレタ島から船出しなければ、こんな危険や損失を避けられたに違いありません。しかし、今、あなた方に勧めます。元気を出しなさい。船は失うが、皆さんのうち誰一人として命を失う者はないのです。」

パウロは、この言葉を主なる神から受けたのです。神は、パウロに天使を遣わして、「恐れるな。あなたはローマの皇帝の前に出頭しなければならない。」そして、「一緒に船に乗る者たちをあなたに任せる」と伝えたのです。 パウロは、パウロの中心軸を述べます。「元気を出しなさい。わたしは神を信じています。わたしに告げられたことは、その通りになります。」「わたしたちは必ずどこかの島に打ち上げられるはずです。」と語りました。

14日目の夜、海の水の深さを測ってみると、陸地が近づいているのが分かりました。船員たちは、船が暗礁に乗り上げるのを恐れ、船尾から錨を降ろし、夜が明けるのを待ちわびていますが、船首の方から錨を降ろすふりをして小舟を降ろし、逃げ出そうとする人々がいました。パウロは、百人隊長と兵士たちに「あの人たちがいなければ、わたしたちは助からない」と言うと、兵士たちは、小舟をつないだ綱を断ち切りました。

そして、使徒言行録27章33節から44節で、パウロは、その夜が明けた頃、皆に言いました。「皆さんは、不安のうちに全く食べずに過ごして来ました。どうぞ食べて下さい。生き延びるために必要だからです。」

そして、一同の前でパンを取って、神に感謝の祈りをささげて食べ始め、一同276名も同じように元気づいて食べました。そして、十分に食べてから、船の積荷だった穀物を海に投げ捨て、船を軽くしました。

 パウロは、命の糧を失うことがありませんでした。

夜が明け、朝になった時、船は入江に入ろうとしますが、浅瀬に船は乗り上げてしまい、激しい波で船尾から壊れ始めてしまいます。

船に乗っていた囚人たちが泳いで逃げないように兵士たちは殺そうとしますが、百人隊長は、パウロを助けたいと思い、兵士たちを止めました。

そして、泳げる者は泳いで、泳げない者は板切れや船の乗組員に捕まって、全員が無事に上陸したのでありました。

わたしたちを襲った試練に、神は上陸する道を備えていてくださいます。そして、パウロは見えるものではなく見えないものに目を注ぎます。見えるものは波風のように過ぎ去りますが、見えないものは永遠にあって続いているからです。

それが、わたしたちの上陸する地であります。